浅田真央、ついに復帰!ジャンプは?

浅田真央、ついに復帰!ジャンプは?

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今日のテーマは、「浅田真央、ついに復帰!ジャンプは?」です。

浅田真央といえば、フィギュアスケーターとして絶大な人気を誇る、妹系キャラの癒し系でもある女性です!一時期は、引退をほのめかし、多くのファンが、落胆したといった話しも、ちらほら聞こえてきていましたが、浅田真央のジャンプも人気でもありましたね。

復帰会見をする浅田真央

この記事では、あっさり和系な顔立ちの、浅田真央の復帰、そしてジャンプについて、腰痛や人物像など、彼女の魅力を追っていきながら、情報をまとめていきたいと思います!

まずは、浅田真央のこの1年間を振り返ってみることにしましょう。

浅田真央の1年間の休養について

2014年5月19日に、2014ー2015シーズンの、全部の試合の出場を見送ることを発表し、1年間の休養宣言をしました。

多くの人から、「今後の進退については?」といった質問が出ていたようですが、当時の浅田真央の答えは、「ハーフハーフ」で、休養中にじっくりと検討するといった意志を伝えていましたが、実はこの休養、浅田真央にとっては、復帰以上に重要な意味があったといわれているようですが、いったいどんな事情が隠されていたのか?



まずは、休養宣言をしたときの、浅田真央の言葉をここで見ていきましょう。

「自分のスケート生活で、試合に出ないシーズンはなかった。小さな頃は、365日滑っていても全然平気でしたし、試合も自分の姉と競い合って、負けたくないという気持ちでやってきた。やはりシニアにあがって、沢山のプレッシャーもありましたし、すごい神経を集中して、練習をしてきたのも、体も心も負担になってきているのだなとは感じていた」

この言葉を読むと、小学校6年生の頃から選手として活躍を始めてから、23歳で休養宣言をするまで、11年間走り抜けてきた浅田真央が、最初に天才少女だと言われたのは、同じ年の特例大会として出場した「全日本選手権」で、完璧とは言えませんでしたが、3回転ー3回転ー3回転の、コンビネーションジャンプを飛んだ時からでした。

本格的なジュニアデビューは2004年ー2005年シーズンのジュニアグランプリで、出場した3つで優勝したときです!この時、アクセルジャンプを決め、この成功が、多くのファンの目にとまり、浅田真央の人気は、どんどんうなぎのぼりのように大きくなっていったのです!そんな彼女が引退するのかどうかと、この1年ヤキモキしてきたファンにとっては、あの華麗なジャンプを見せてくれる浅田真央の復帰を、心から望んでいたのではないかと思われます。

浅田真央は、2005ー2006年シーズンに行われた、全日本選手権で、女子史上初となった、2度の3回転アクセルジャンプに成功!多くのファンを沸かせました!2007ー2008年シーズンには、全日本選手権で、3回転フリップやループなどのジャンプを決め、見事成功しています。

フィギュアスケーターにとって、ジャンプの決め技は、キモとなりますから、これがうまくいけば、高得点に繋がり、浅田真央は結果を残していけるわけですが、回転ジャンプが、3回転から1回転半になったりと、回転不足になると、技術基礎点数などを落とされてしまうので、選手としての実力不足を問われてしまいます。

浅田真央のジャンプには、フィギアスケート協会などにとっても、宣伝としても立派に需要があるものですから、どんどん活躍していく姿は、周囲の人にとっても多くの恩恵に繋がりますから、あの頃の浅田真央の存在は、ファンだけではなく、関係者にとっても、非常に重要な人物であったことは、簡単に理解できます。

2010ー2011年シーズンには、ジャンプ専門のコーチまでつけて、このジャンプ技術の矯正を行うほど力を注いでいたようです。

この時期、浅田真央の矯正のために、2人のコーチがついたそうですが、その後は、新しく変えていったジャンプの表現がうまくいかず、そんなときに、あの東日本大震災が起こり、現状を見た浅田真央の心に、不安が大きく渦巻いたことなども影響して、体重が、ベストの状態から4、5kgも減ってしまったことなども影響して、ジャンプや演技をしたのですが、良い結果は導き出せませんでした。

この年の12月9日に、浅田真央の母親が、肝硬変で亡くなり、12日の葬儀の次の日から、なんと!練習を再開して、全日本選手権では、2年ぶりで、5度目の優勝をする快挙を成し遂げています。

浅田真央と母

その後は、ジャンプのミスなどが重なっていき、母の死、さらには、自分の技術などの上達に対する焦りなど、さまざまな思いが錯綜する中で、このシーズンが終わる頃になると、引退を考えるようになったといわれています。

翌シーズンになると、長年、フィギュアスケーターを続けてきたための疲労が、腰痛となって悪化していき、それでも試合に臨んで優勝を勝ち取った姿には、ジャンプをしながら、よく体も耐えたと個人的には思います。

2014年に休養宣言をした浅田真央は、復帰することはなく、引退なのかどうかといった話については、次のように話しています。

「まだ、引退いう決断には至っていない。体も心も疲れているので、とにかく一回休もうと思った」

フィギュアスケーターとなって輝き続け、演技をする姿を見せながらファンを魅了する、そんな中で最愛の母親の死に直面され、体の痛みを引き受けながら、さらなる活躍をしていく姿には、正直、20代の女性なのに、何故これほどまでにもタフにやれるのか?と、個人的には驚くばかりではあります。

母親が亡くなるということは、非常に強い衝撃がありますから、しかも浅田真央がまだ20歳の時の出来事です!普通ならば、悲しみを乗り越えるだけでも大変だと思われるのですが、彼女にとっては、フィギュアスケーターという仕事が心の支えともなって、そこに打ち込むことで、親と早くに死に別れた悲しみを、癒せたのかもしれませんが、どちらにしても、タフな女の子だと、感心するしかありません。

このような流れで、浅田真央は復帰するのかどうか、この1年間休養していた彼女の進退については、多くの人が注目してきました!そして2015年5月17に、まずは、自身のサイトで、ファンの人たちに、自分の言葉で、今回復帰することを決めたと発表!その後、記者会見に臨み、きちんと胸の内を話たという流れになっています。

復帰するのかどうか、この1年間考えていた中で、いったい彼女はどんなことをして、この時間を過ごしていたのでしょうか?元々、休養宣言をした記者会見の席で、中京大学体育学部に復帰したので、キャンパスライフを楽しみにしていると受け取れる内容の話をしていますから、学生生活を満喫していたようです。

他には、料理教室に通ったり、友人たちと旅行に出かけたり、芸妓の京舞というものを習うために、井上流に入門するなど、プラベートな時間を、かなり満喫していたようです。

ちなみに、京舞とは、きょうまいと読み、日本舞踊かみ方舞の中で、京都を中心に発達していったものです。

浅田真央は井上流でしたが、他には篠塚流などもあるようです!井上流は上方舞と呼ばれていて、この上方とは、江戸時代に、大阪、京都、畿内を、こう呼んだことからつけられた言葉のようです。

江戸時代末期に、かみ方で発達していった舞を受け継ぐのが、井上流であるといわれています。

よく、ドラマや映画などで見かける、屏風を立てて、その前で舞っているのが、この流派のようです!浅田真央も入門したこの井上流は、儒者井上敬助の妹サトが、公家の近衛家で風流舞を学び、立てたのが始まりとされています。

フィギュアスケーターの彼女が、これらを遊び半分で学んだとは思えませんから、なんらかの表現に使えると感じ、復帰を視野にいれ、ここに通ったのではないかと考えられます。

3歳~12歳までは、バレエも習っていたのですから、踊りや舞には、なにか通じるものがあるのではと思われますが、復帰が決まった現在、今後、料理や舞、そして友人たちと楽しんだ旅行での思い出や、経験、感じたものなどが、ジャンプや演技などに、どのような影響を与えていくのでしょうか?

競技人生の中で、この1年は初の休養だったこともあり、十分にエネルギーチャージをしたのではないかと考えられますから、一度長期休暇をした選手などは、その後新たな飛躍をする人たちも多いといわれていますから、復帰を表明した浅田真央のジャンプなどの演技、どんな風に変化しているか、楽しみでもありますね!

復帰を表明した、その言葉を、ちょっと見ていきましょう!「3月から復帰に向けて、コーチにお願いしに行き、5月からコーチと一緒に練習を始めました。中略・・・うまくいけば試合に出られるかもしれないし、うまくいかなければ、試合に出られないこともあるとコーチに言われました。中略・・・試合に出られるレベルまで戻り、コーチと話し合い、決定しましたら、自分から報告させていただきますので、そのときまでお待ちいただければと思います。」

この言葉を見ると、本人は、復帰して試合を目指して、現在様々なことを調整中であることが分かりますが、1年間しっかりと休んだブランクがあるため、今後は、彼女の練習に対する態度によって、レベルをあげられなかったら、まず試合に出ることは出来ないわけですから、現在のところでは、どちらに傾くかは、未知数のようですが、元々実力のある選手です、すぐに以前のレベルを超えるジャンプを見せ、復帰が、完璧なものに変化するのではと、個人的には思っています。

この、復帰会見や、サイトでの自身の発表などは、多くの人に好意的に受け入れられているようですから、未だに好感度が高いことはよく理解できます。

ここからは、腰痛について見ていきます。

浅田真央の腰痛は?

なんでも、浅田真央のようなフィギュアスケーターは、腰痛を抱えることが多いと言われているようです!無事復帰を表明した彼女の状態について、ここから少し理解を深めていきたいと思います。

では、何故復帰を表明された、浅田真央のようなフィギュアスケーターは、腰痛を引き起こしやすいのか?簡単に見ていきましょう。
腰痛に悩んだ浅田真央
まずは、スケートリンクにはクッションも何もありません、ここでジャンプを繰り返し、体を回転させていくという技を披露するのは、そうとう腰椎などに、負担をかけるものであることは、簡単に理解できるものでもあります。

そして、年齢と共に、やはり筋肉や骨などが、10代の頃よりも成長していくため、体の変化は、どうにもなりませんから、出来る限り、腰への負担を減らすようにジャンプをキメていくためには、体重管理がとても重要となります。

それでなくても、ハードに滑って、回転し、さらに堅いリンクの上でジャンプを何度も繰り返すのですから、腰を痛めやすくなるのは、もう仕事病といってもいいのではと思われます。

15歳のときに、スケートリンクの上で、妖精のような動きをしながら演技をした浅田真央は、まだまだ骨も細く、体も軽かったため、あの姿を見て、多くの人が、「浅田真央可愛い、いいね!」と思っていた中、個人的には、「今後、この子がさらに成長していく中で、体重管理をしながら、どれだけジャンプ力や演技力に磨きをかけていけるのだろう?今はまだ15歳だから、あれほど軽々とした動きができるけれど、今後に注目だな」と、将来を憂いながら、だけど、彼女の才能や、演技をする姿に魅了されながら、そのように感じていました。

復帰を宣言した浅田真央が、腰痛になってしまう原因は何も、ジャンプだけではありません!彼女の別の見せ場でもある、ビールマンスピンなどのスピン自体もまた、腰を痛める原因となってしまうようです。

その理由について、町田樹の元専属スポーツトレーナーであった木村氏が話していた内容を見ながら、理解を深めていきたいと思います。

「背骨は前に倒しやすいのですが、後ろにそる動きには制限がかかってしまう。足を振り上げて後ろにそる動作は、どうしても腰に負担がかかってしまう。女性は、子宮を守るために、この辺りに脂肪がつきやすいので、体脂肪があがってしまうので、どうしても腰痛を引き起こしやすくなります。」

15歳の頃はまだ、女性としての体つきも、華奢なものがありましたが、年々成長するにしたがって、浅田真央の体つきは、女性が子供を育むための準備をすすめてもいますから、子宮回りに脂肪などがついてしまい、ジャンプするたびに、それらの、競技場では、余分になってしまう脂肪の重さで、さらに腰への負担が大きくなってしまうというわけでもあったようです。

こればかりは、男性と違う体を持って生まれてきている、女性の性でもありますから、子宮以外の部分の脂肪を出来る限りそぎ落としていきながら、なんとか調整を続けていくしかありません。

子供を育むために必要な臓器が、本来喜びのためのものなのですが、競技上においては、浅田真央のジャンプのキレなどの動きを邪魔してしまう、皮肉な話でもありますが、こればかりは、どうしようもないものでもありますね。

このような様々な要因が、彼女の腰痛を悪化させていき、それでも演技やジャンプなどを続けなければならない現実に、ずっと向き合ってきたのですから、やはり、とても強い人だなといった印象は、個人的にはさらに深まりました。

今回、復帰を決定した裏には、なにかあると言われているようですが、そのあたりの情報も、わかりやすくまとめていきたいと思います。

元々、この休養宣言には裏があると言われていました。

浅田真央の年収について

そもそも、休養されただけで、スケート連盟は、放映権料などの収入が減るため、とても痛手になるといわれていましたが、このまま引退となると、スケート連盟にとっては、収入面で、大きな違いが出てきますから、やはり、復帰は当然でもあっと考えることが出来るようですが、なんでも、休養宣言の裏には、恋の話しも絡んでいたといった情報も出ているようですが、どうやら復帰が決まっていますから、これらもどうなるのかはわからないようです。

好感度調査などを見ても、浅田真央はダントツトップであるといわれていますし、CMオファーなどもどんどんやってきているといわれています。

彼女にとっては、これだけの認知度と人気があるのですから、スケートリンクには立たなくても、仕事には困らないのではと思いますが、ただ、選手だったことで持っていた人気であるといった面もありますから、スケートリンクには立たない浅田真央に、選手を辞めた後、オファーがくるのかどうかといったところを考えると、やはり、難しい面もあることは、頷けます、あなたはどう思いますか?

ではここで、浅田真央の収入について、どうなっているのか?見ていきたいと思います。

CMなどの契約金は、これまで3000万円クラスだったのですが、なんと1000万円もアップしているそうです!浅田真央人気は、止まらない勢いで加速しているようですね!そして、彼女はプロ宣言をしていないため、CMに出演して入ってくるギャラの20%を、スケート連盟に収めなければならないといった、決まりがあるようです。

大人の事情などが多く絡む世界でもありますけれど、シンプルに考えれば、確かに、浅田真央本人の魅力や人柄、そして演技力や表現力、選手としての実力や、残してきた実績の裏には、多くの方々の支えもあったことだと思いますから、一人でこの位置に立てたわけではないといった面を考えると、今回、復帰を決めたのは、周囲に対する感謝の思いも、持っていたからなのかもしれません。

こればかりは、浅田真央本人の口から聞いてみなければ、わからないものでもあります。

ネット上でも、今回の復帰に関しては、金銭的な裏があるといった見方をしている情報もありますが、なるほど、そういった見方もあるのかと、学びながら、様々な視点を教えてもらえて勉強になるなと思いました。

個人的には、浅田真央のジャンプや演技を、純粋に楽しみにしている人がいるのも確かであり、さらには、浅田自身がよく理解されていることだと思いますが、あそこまでやれたのは、多くの方々の尽力もあってのことであることは、一番分かっていると思うのです。

ファンの思いや、周囲の人たちへの感謝の思いを、一番持っているのは、華麗な演技を見せてくれた、浅田真央だと思います。

お金では買えない経験を、子供の頃からやってきたのですから、自分の金銭的利益だけを考えるような、そんな選択はされないのでは?とも考えられますから、個人的には、まだまだ多くの人に、演技を通して、恩返しをしていきたいといった、人間性の高い気持ちを持って、今回復帰を選択されたのではと思いますが、あなたはどう感じられますか?

一流選手であればあるほど、このことの深さに、そして有り難さに、心の底から気づいているはずではないかと推測されます!人間は、お金があっても、孤独であるのなら、とても寂しい人生であると、個人的経験から思います。

多くの仲間と共に、フィギュアスケーターとなって活躍をされながら、この世界を沢山の人たちに認知してもらい、さらなるファンを拡大していきながら、普通に生きているだけでは経験できない、素晴らしい思いや体験、感動なども、数多くあったのではないかと推測されます。

これらの思いが、心の奥深くから溢れだしてきた結果、復帰という二文字が、頭の中にすぅーっと登っていったと、自然に考えれば、浅田真央の決断は、とても素敵なものではないかと考えられます。

仮に、自分の利益だけを考えれば、復帰後は、プロ宣言して、CM契約料は自分のものになるようにすればいいけれど、時代はどんどん変化しています。

現代では、相手を儲けさせることが、自分が儲ける秘訣であることに、多くの人が気づいていて、実践しているという、これまでのように、自分たちが儲けること、生き残ることだけを考えていた世界観は、180度変化しているといわれています。

与え合い、そして受け取る、まずは出が先で、受け取るは後、この図式で考えると、浅田真央の決断は、当然なのかなとも思えます。

自分を支え、見守り、選手となってやっていくために、他のことは一切やらなくてもいいように、練習や試合に集中させてくれたのは、他のだれでもなく、彼女の周囲にいた人たちでもあります。

その人達をおざなりにするような考えを持っている人間が、好感度調査でダントツであるとは考えられませんので、復帰を決めたのは、彼女の人間性がベースにあったと思うほうが、個人的には嬉しいなと感じられますね。

ただ、女性の子宮は腹黒い(笑)、とも言われていますので、結局は、自分のために一番いい道を選んだとも考えられますので、真実は彼女の中だけにあるのでは?

24歳になったというのに、なんだかまだまだあどけない、屈託ない顔で笑う姿に、またファンは癒やされていくのではないでしょうか?妖精といわれた少女は、すでに大人の女性へと変化していますが、まだまだこれからです!復帰を決めたのですから、また、可憐なジャンプを見せてくれるといいですね!

浅田真央、ついに復帰を決意!またあのジャンプが見られると思うと、ワクワクが止まらない、ファンにとっては朗報ですね!

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